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おはようと言わせて

時間が、ない。

いつからだろうか、そんな風な思いが頭の隅のひと部分をずっと占めている。

難病を患い、死期が迫っているわけでもない。まだ24なので、高齢というわけでもない。

それでも常に、そんな風な思いがある。


小さい頃は、周りの子供より自分は大人だと信じていた。だからわがままも我慢できたし、クッキーの最後の一枚は譲った。周りの友達の間に入って、喧嘩がひどくならないように動くこともあれば、気持ちが落ち着くまで悪口も聞いた。もちろん、親の前でもいい子でいた。


でも本当は自分が大人だと感じることは、周りに溶け込めていないようで、寂しかった。


その反動がくるかのように、わがままはできるだけ言うし、人に甘えるようになった。

今の私は、友達曰く動物に例えると犬、らしい。嬉しそうなときも寂しいときもすぐに見てわかるそうだ。大人とは程遠い。


時々、同じような夢を見る。子供の頃の夢。

友達に私はお姫様がやりたいの、と言えず、やむなく家来をする。おままごとですら、遠慮してしまう夢。それでも笑顔を作って、いいよ、と言う私。

素直に子供になれたら、どれだけ楽だっただろうか。それでも、自分が作ってきたいい子というイメージを壊したくない、呆れられたくない、離れて欲しくない、そんな思いで胸が張り裂けそうになる。

大学へ進学して親元を離れ、私が犬になってしまうのは、必然だったのかもしれない。まるで子供の頃の時間を取り戻すように。遊んでくれるの?と、目を輝かせて。


太陽の光より先に、スマートフォンの青い光を浴び、まだ少し薄暗い窓の外をベッドの上から確認する。隣で寝ている恋人は、まだ起きる気配はない。

あと何回、私を誰よりも見ていてくれて、可愛がってくれる恋人におはよう、と言えるのだろう。


恋人に言えば、大げさだなあと笑い飛ばされるのはわかってる。むしろ笑い飛ばして欲しいと思いながら言うのかもしれない。

それでも私は明日の朝、あなたにおはようと言える確証なんてない、と頭の隅で考える。

時間がない、と思う。

だからこそ、愛おしくて仕方のないあなたに。私を子供でも大人でも犬でもない、私をみてくれるあなたに。

あと何回おはよう、と言えるのかを考えて、悲しくなるのだ。

私の一番嫌いな、寂しい気持ちになるのだ。


今日も無防備に眠っている、あなたにおはようと言える今日が一番の幸せだ。

どうかこの時間ができるだけ、一回でも多く来ますように。


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